人物ファイルNO.2
 
生年月日 1534年5月12日 没年月日 1582年6月2日 

特徴:派手なものがとても好き! 自分中心!   

人物関係:父=織田信秀 母=土田御前 お茶の先生=千利休 家臣=明智光秀 豊臣秀吉など   

1、驚きエピソード①

信長の父信秀が亡くなりました。そのためお葬式を上げようということになりました。
 
信長とその弟信行はそれぞれの家老がついてくる中、葬儀に出席しました。
 
信之はしっかりとした振る舞いをしていたのですが、信長は正反対の行動をとりました。

なんと父親の位牌に焼香を投げつけそのまま出て言いてしまったというのです。

この時信長にはどういう思いがあったのでしょうか。「父親大っ嫌い!!」かもしれませんし
「何死んでるんだよバカヤロウ」と、内心悲しかったのかもしれません。

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人物ファイルNO.1

生年月日 1436年1月2日    没年月日 1490年1月7日(死因:中風)

特徴:芸術大好き!芸術命!

人物関係:父=足利義教(暴君) 母=日野重子 妻=日野富子(鬼嫁) 兄=足利義勝 

1.何故ダメなのか?
                                                     
足利義政(これ以降は義政と呼ばせてもらいます!)は何故ダメなのか。それは次男坊であることが関係していると思います!つまり、将軍になるなんていう期待はされていなくてみんなから甘やかされてのーんびり暮らしていたんだと思います。
 
そんなときに兄義勝が8歳で亡くなってしまったもんだから、お坊ちゃまの義政がそのまま将軍になってしまったというわけなんです。


2.どこがダメなのか?

義政のどこがだめなのか。簡潔に言ってしまえばそれは
応仁の乱を起こしてしまったからなんです。では応仁の乱が起きた原因は何でしょうか。

それは跡継ぎ争いが関係しているんです。義政と妻富子のあいだには男の子が産まれませんでした。
そのため、はやく将軍なんてやめて芸術に身を注ぎたい義政はまず出家していた弟義視に声を掛けました。
義政 「なあ義視。将軍になってよ~」
義視 「嫌でございます」
義政 「なんで?いいじゃん」
義視 「もしあなたに男の子が生まれたらいざこざが起きそうで怖いんです」
義政 「子供なんてつくらないから。もしできても出家させるから。おねが~い」
義視 「わかりました」

でもって義視が将軍になりめでたしめでたしのはずだったのですがここで事件が、、、、、

なんと義政に子供ができたのです!しかも男の子!
でもほんとだったら約束通り出家させるはずなんですがなんと鬼嫁:富子が嫌だと言い出したのです!

義政はその一言でたじたじに。義政は混乱し酒を飲み芸術に没頭しました。そのまま時は過ぎ跡継ぎ争いがヒートアップ。そして応仁のの乱が起こったのです。
こういうところが義政はだめだな~と私は心から感じました。(笑)


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